2005.07.03 Sunday
大森信和・偲ぶ
大森信和さんが2004年7月5日に永眠された。
大森さんとは、甲斐バンドのリードギターだ。
その大森さんを偲ぶ会を今日2日に行われた。
東京・下北沢にある小さなライヴハウスが会場だ。
発起人の元甲斐バンドの田中一郎、松藤英男たちが、
スペシャル・バンドを組みライブをする。
私は甲斐バンドが好きになり20数年がたつ、
解散後、各メンバーのソロ活動を負い続け、
ライヴを100回以上は行ったと思う。
当然、この日も行きたかったが、発売数分でソウルドアウト。
チケット獲得できなかったが、
数日後昼の部を開催することが決定した。
昼の部は、ライヴが無く、大森さんが生前使用していた、
ギターやライヴ写真を展示することになった。
せめてと思い。昼の部のチケットを購入した。
ヤフオクなどで夜の部のチケットが高額取引されている。
反響が大きくなり、昼の部でもライヴを開催することになる。
私は、会場入りすると展示物よりステージの前に立ち続けた。
一郎と松藤はこの辺りが立位置だろうと予想、その前に立つ。
予想通り、彼らが私の前で演奏を始めた。
演奏曲は、甲斐バンドの楽曲だ。久しぶりに熱くなる。
メインの甲斐と故人がいなくても甲斐バンドが生きていた。
大森さんとは、甲斐バンドのリードギターだ。
その大森さんを偲ぶ会を今日2日に行われた。
東京・下北沢にある小さなライヴハウスが会場だ。
発起人の元甲斐バンドの田中一郎、松藤英男たちが、
スペシャル・バンドを組みライブをする。
私は甲斐バンドが好きになり20数年がたつ、
解散後、各メンバーのソロ活動を負い続け、
ライヴを100回以上は行ったと思う。
当然、この日も行きたかったが、発売数分でソウルドアウト。
チケット獲得できなかったが、
数日後昼の部を開催することが決定した。
昼の部は、ライヴが無く、大森さんが生前使用していた、
ギターやライヴ写真を展示することになった。
せめてと思い。昼の部のチケットを購入した。
ヤフオクなどで夜の部のチケットが高額取引されている。
反響が大きくなり、昼の部でもライヴを開催することになる。
私は、会場入りすると展示物よりステージの前に立ち続けた。
一郎と松藤はこの辺りが立位置だろうと予想、その前に立つ。
予想通り、彼らが私の前で演奏を始めた。
演奏曲は、甲斐バンドの楽曲だ。久しぶりに熱くなる。
メインの甲斐と故人がいなくても甲斐バンドが生きていた。
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甲斐バンドで思い出す曲といえば、ヒーロー。そして安奈。特に安奈は、初めて聴いたとき、かなりのインパクトがありました。曲の始まりから、いきなり、「あんなああ~~」。関西人の私は甲斐バンドって、関西の人?と思ってしまいました。それは、「あんなああ~~」って、
| 甲斐バンド | 2007/06/05 2:37 PM |
コメント
バッグとコーディネートできる時計ベルトを探していました。いろいろ悩みましたが、
白の文字盤が映える、バッグと同系統のダークブラウンのリバプールに決定。バックルもDバックルに変更しました。
ベルトの方は、型押しとは思えない深みのある色と斑の出方は、予想以上です。
また、バックルも、巷の安物と違って、ツメのかみ合わせに緩みがなく安心できました。
コストパフォーマンスも高く、また、近く利用したいと思います。
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